周りに流されて銀行を辞めた23歳
あなたは、結果や方向が決まらずもがき苦しんだ経験はありますか?
私にはあります。
とにかく苦しみ、辛かったことを話したいと思います。
私は銀行→大学病院→鞄屋→地方公立病院→旅館スタッフ→ガラス瓶工場→訪問看護ステーションと一貫性のない転職を繰り返してきました。
そしてよく「なんで銀行を辞めたの?」と聞かれます。
側から見ると不思議に思われるので、ぜひ読んでいただきたいです。
私は、親に言われて大学に入り、無事卒業しました。
なんの将来像もなかったので、親から溢れ出る期待を見ながら親の望む方向に進もうと思い地方銀行に就職しました。
父親は就職した時に嬉しすぎて
長渕剛さんの「乾杯」をカラオケで熱唱してくれました。
しかし、就職して9月ごろ、辞めようと思いました。
理由は3つあります。
1つは給料が安い
手取りで15万円。3年先輩に聞いても同じでした。
噂では支店長で800万円くらい貰えると聞きましたが、支店長になるのは40代から。そんな時まで貧乏な生活できるかよ!!
と思っていました。
資格を取れば毎月の給料に上乗せがありました。
最高で7万円の上乗せがあったようです。
記憶が正しければ、一番難易度の高い資格で宅建でした。
当時は、こんな難しいの無理だろ!と思い、取ろうとも思いません。
実家暮らしだったので、なんとか生活できていました。
当時の趣味は車のドレスアップ。とにかくお金がかかり、どうやって安く自分の納得できる形に作り上げるかということだけを考えていました。
貯金なんて全くできなかったです。
2つ目は資格試験がとにかく多い
銀行はとにかく資格試験が多く、入職前から取得を要求されました。
大学最後の春休みで取得したのが、証券外務員二種です。
当時はなんのために必要なのか、全くわからず勉強しました。とってからもなんのために必要なのか調べもしませんでした。
その後も保険の資格、証券外務員一種と続きました。
今となっては考えられませんが、資格試験が嫌で嫌で仕方ない時期でした。
こんな生活は続けられないと思いました。
3つ目は営業が嫌だった
今となっては考えられませんが、当時は営業が嫌で仕方ありませんでした。
嫌がる相手に商品を案内して断れる連鎖。
なんのためにこんなことをやっているんだろうと思っていました。
どうやったら売れるのか勉強もやらなかったですし、先輩に聞くこともありませんでした。
そもそも、頑張るということがなんなのかもわかっていない新人でした。
そして、もっと給料が欲しい!人から素直に感謝される仕事がいい!勉強はあんまりしたくない!ということを考えていたら、姉が看護学校を目指すと言い始めました。
その選択肢は自分にはなく、びっくりしました。
姉とは仲がいいので、姉が行くなら自分もいこーっと。
という軽いノリで看護学校へ行くことを決意しました。
結局姉はいかず、私だけ行きました。
結論、「やる気がなかった」だけですね。




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